Quinka, with a yawn / 火曜日のボート

火曜日のボート

火曜日のボート

創造の力に満ちた歌声を聴く悦び。ここで言う創造というのは際だつ個性とか確かな歌唱力とかそういうものではなくて、歌声が歌の世界を築き上げているという実感です。そんなの珍しくないよと思われるかもしれませんが、でもやはり歌声が音楽(楽曲)の世界を創り上げることは稀だなあと思うのです。なんとも主観的な話で申し訳ないのですが、でもぼくからすると、大半の歌声というのは、すでにある世界の中でその世界にどう向き合うかということに拘っているのであって、時にその世界の中にまた何かを作ってみたり逆に破壊しようとしてみたり、その世界に歌声を満ちあふれさせたり逆に徹底的に存在感を消してみたりするのですが、でもその世界そのものは歌声を内包したまま歌声に関わりなく不変のものとしてそこにあります。

しかしQuinka, with a yawn−元esrevnocの川上美智子さんのソロユニット−の、特に「やさしい二人」なんかを聴いていて驚き感動するのは、彼女の歌声が確かに世界を創り、広げていっていると実感できることです。大げさに言えば天地創造の瞬間に立ち会っているような、何もないところに光が注がれて世界が広がっていく光景を目の当たりにしているような、そんな悦びがあります。

別にすべてがそういう曲ばかりというのではなくて、やはりすでにある世界の中をフワフワと浮遊してゆくような歌声を聴かせる曲も多いのですが、しかしそれらはそれらでやはり美しい。歌声も曲も実はすごく特徴的というのでもなく、探せばよく似たミュージシャンは見つかりそうですが、でも見つかったとしても彼女の歌声との間には実は決定的な差がありそうです。

アコースティックギターやピアノ、軽めのドラムに少し甘やかな歌声とさらりとしたハーモニーがのる、力強さと儚さを兼ね備えた素敵なポップス集。中には京都の珈琲屋を歌った高田渡さんの素朴で穏やかな珈琲歌「コーヒーブルース」のこれまた素敵なカバーも収められています。収録曲が8曲というのも慎みがあって、なんだか彼女の世界にマッチしているような気がしますね。