Johnny Cash / American V: A Hundred Highways

American 5: A Hundred Highways

American 5: A Hundred Highways

2003年に他界したJohnny Cashが、2002年から2003年にかけてレコーディングしていた正真正銘のラストレコーディング。Beastie BoysRed Hot Chili Peppersから、Dixie ChicksやDonovanといったフォーク〜カントリー寄りのミュージシャンまで幅広く手がけているRick Rubinをプロデューサーに迎えています。

「Help Me」のイントロが響き、年輪を刻んだJohnny Cashの歌声が聞こえてきた瞬間のこの呆然たる思いは、他界した彼への哀悼でもなければ同情でもありません。確かに声からは張りが失われ、不敵でロマンと哀愁を一身に背負ったような往年の彼の魅力は消え失せていますが、一身を賭して真摯に紡がれる歌は聴く者の胸に少しずつ確実に、歌の持つ真のメッセージを届けてくれます。それは他のどの曲でも同じで、「On The Evening Train」や「Love's Been Good To Me」など、失われたエネルギーをカバーするように丁寧に歌われるスロウな歌とメロディーに思わずぐっと来てしまうのです。また、このアルバムを語る際にRick Rubinをはずすことはできないでしょう。すでに大物のプロデューサーでありながら、エゴイスティックにならず歌い手の魅力を最大限引き出すようなプロデュースワーク。そしてヒップホップのルーツをそっと匂わせる「God's Gonna Cut You Down」などがあるように、自身の魅力もきちんと把握した上でメリハリをつけるうまさに、彼がなぜ多くのミュージシャンに支持されているのかその理由が垣間見えます。

ただ誤解しないでもらいたいのは、これはJohnny Cashの最高傑作にはならないということです。それは、たとえばマラソンのレースを思い起こしてもらえば良いかもしれません。世界のトップに立つようなランナーは、序盤、中盤、終盤のいずれかで最高の走りをするもので、最終コーナーを曲がってからの走りがいちばん素晴らしかったなどということはまずありえません。しかし最も印象に残るのはいちばん最後のシーンなのですね。最初から最後までの過程を引き受けて、それをすべてふまえた上で出すパフォーマンスなので記憶に残るのです。Johnny Cashのおすすめアルバムはと言われればぼくはまた別のアルバムをあげるでしょうが、しかし今後Johnny Cashの名前を聞くたびぼくはこのアルバムを真っ先に思い出すことになるでしょう。って最後のはあんまりいいたとえじゃないですね。