Headquarters / The Monkees

コメントをいただいたので久々に。次はいつになるかちょっと予想もつきませんが。

Headquarters

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マイク・ネスミスの脱退か、音楽出版界の大物ドン・カーシュナーの解雇かという二択を迫られた末に、スクリーンジェムズ社はカーシュナーの解雇に踏み切ります。カーシュナーがモンキーズのアルバムやシングルの制作を牛耳っていることに不満を覚えたマイク・ネスミスと対立したことがその要因ですが、この辺りは印税の問題で非常にややこしいのです。当時のモンキーズというのはアルバムやシングルを出せば必ず大ヒットする人気グループだったので、職業作曲家は皆こぞってモンキーズに曲を提供したがりました。アルバムに一曲収録されるだけで、たとえそれがどんな小品であったとしても、莫大な印税を手にすることが出来るので、それはまあ当然といえます。ドン・カーシュナーは当然ながら自分の会社に所属する作曲家を優先して起用し、彼らの曲を優先的にシングルに選ぶので、この辺りで自由にやりたいことが出来ないマイク・ネスミスとの間に軋轢が生まれるのです。

ともかく、カーシュナーは実権を失い、マイクはプロデューサーとしてチップ・ダグラスを起用します。チップ・ダグラスは当時タートルズという(特にロゴが)モンキーズ的なフォークロック・バンドで活動していた人で、かつてマイクもファンであったというフォークグループ、モダン・フォーク・カルテット(MFQ)にも所属していた人です。彼はもともとマイクが敬意を払っていたミュージシャンですし、おまけにプロデュースの経験に乏しく、マイクはチップ・ダグラスにプロデュースの仕方を教えるという形で、モンキーズを間接的に指揮することも出来たのです。一石二鳥というものでしょうか。

ちなみにカーシュナーが失脚した際に、ピーター・トークは親友であるスティーヴン・スティルスモンキーズのプロデューサーとして迎え入れたいと考え、実際に打診をし、スティルスの承諾を取り付けています。しかしその話をメンバーにする前にマイクがチップ・ダグラスを連れてきてしまったために、モンキーズ内ではさほど立場の強くなかったピーターは強く反論せず、それを受け入れます。ピーター・トークモンキーズ時代にレコーディングした曲のアウトテイクのいくつかには、実際にスティルスが参加しているものもあります。そのサウンドを耳にするたび、スティルスモンキーズにもっと関わってくれていたらと考えずにはいられません。

そうはいっても、チップ・ダグラスがモンキーズにもたらしたものも非常に大きかったのです。とりわけ大きなものとして、ニルソンの起用があげられます。チップ・ダグラスの所属していたMFQがフィル・スペクターをプロデューサーに迎え「This Could Be The Night」というニルソンの楽曲をレコーディングしていたのですが、その人脈によりニルソンをモンキーズに紹介したのです。『灰色の影』の時期にレコーディングされた「The Story Of Rock And Roll」は完成には至りませんでしたが、次のアルバムではニルソンの楽曲が正式に取り上げられています。

モンキーズのメンバーが楽しみながらレコーディングした『Headquarters』。その楽しげな様子は後にライノ・ハンドメイドから発売された『Headquarters Sessions』という3枚組のCDを聴けばよく理解できます。ジャムセッションのようなそのレコーディングは、モンキーズがようやく自立したバンドになったという事実を明確に伝えています。

ただし、アルバムの完成度はそれまでのアルバムに比べて落ちたという印象です*1。事実、200万枚は超えたとはいえ、アルバム・セールスも前作に比べ大きく減らしています。どの曲も小粒という印象はぬぐえず、かろうじてバリー・マンとシンシア・ウェイルが書いた「Shades Of Gray」がシングルとして使えそうな程度。シングルをカットしない当時はやりのコンセプトアルバムといえば聞こえはいいですが、シングルカットする曲が見あたらなかったというのが本当のところでしょう。(アルバム発売前に、アルバム未収録のシングル「A Little Bit Me, A Little Bit You」が発売されてヒットしていたという事情もあるかもしれませんが)

ただし、小粒でもピリリならオーケーという人にとっては、やはりこのアルバムは魅力的に響くはずです。マイクの曲はどれも彼一流のカントリーポップで安定感があります。ただ、どの曲もマイクにしてはちょっと地味すぎて、個人的にはマイクの貢献が一番低いアルバムだと思っています。というか、このアルバムにおけるマイクの曲は力強いものが多いので、チープな演奏とは相性が良くないのですよね。事実、「You Just May Be The One」や「Sunny Girlfriend」のライブ・バージョンはとてもかっこいいので。
ハープシコードが愛らしい「I Can Get Her Off My Mind」、ソフトなカントリー調の美しい「I'll Spend My Life With You」、非日常感漂う静的フォークの「Early Morning Blues And Greens」など、比較的落ち着いた曲に素敵な曲が多い気がします。ピーター・トークが書いたフォークロック・スタイルの「For Pete's Sake」も、寡作ながらも高いソングライティング能力を誇るピーターの可能性を感じさせてくれます。また、「Shades Of Gray」はおそらく一般的にこのアルバムの中では一番人気の高い、壮大で美しいバラード。メンバーが交互にヴォーカルをとり、サビでは全員の美しいコーラスが聴けて、バックでは少しずつ楽器が音の厚みを増しながら静かに盛り上がっていく展開は圧巻の一言です。
また、マイクの楽曲はきれいにまとまりすぎて、曲の荒々しい魅力が十分に伝わっているとは言えないのですが、「No Time」と「Randy Scouse Git」は荒々しいガレージロック風の演奏が功を奏し、非常に魅力的な仕上がりです。チャック・ベリーなどの古き良きロックンロールを感じさせるかっこいい「No Time」の作曲者はこのアルバムのエンジニアでもあったハンク・シカーロとなっていますが、実際はモンキーズのメンバーが作った曲です。バンドの我が侭につきあい、「(制作期限まで)もう時間がない」とメンバーを叱咤激励したシカーロへの感謝の気持ちを込めて、名義を彼の名前にしたのです。いやらしい話、これだけでとんでもない印税が…。この曲はPVも素敵なので未見の方はぜひどうぞ。
「Randy Scouse Git」はミッキーが作った曲で、スマートさと荒々しさが同居するスタイルは後の「Mommy And Daddy」にも通じる素晴らしさです。イギリスなどでは独自にシングルカットされ、ヒットしています。
それでも、なんといってもこのアルバムを象徴しているのが、「Band 6」という短いインストナンバー。ジャムセッションをそのまま収録したような、賑やかで楽しい雰囲気はなぜ『Headquarters』が魅力的であるのかを端的に伝えてくれるように思います。

このアルバムではメンバー自身が演奏し、マイクに加えてピーター、ミッキーが作曲に関わるようになります。さらに、次のアルバムからはデイヴィーも作曲をスタートさせます。これらはバンドの自立として見ることも出来ますが、穿った見方をするならば、どんな曲であれ作曲者(作詞者)としてクレジットされるのとされないのではその印税収入に大きな差があるため、必死になって曲を書こうとしたと考えることも出来ます。まあそんなきっかけであっても、それは素晴らしいことなのですが。

結局『Headquarters(邦題は「灰色の影」)』はビルボードチャートで1位となります。このアルバムを蹴落としてナンバーワンの座についたのがビートルズの『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』でした。バンドとしてのアルバムを出したことに満足したモンキーズは、さらに完成度の高い音を求めて、すべてを自分たちでやるのではなく、セッションミュージシャンに任せるべきことは任せて、やれることをやっていこうという方針をとることになります。それが次のアルバムなのですが、それはまた次回に。

*1:ただし完成度が高くない=魅力的ではないという図式は必ずしも当てはまりませんが。