絲山秋子 / イッツ・オンリー・トーク

イッツ・オンリー・トーク (文春文庫)

イッツ・オンリー・トーク (文春文庫)

文庫が出たので読んでみました。感想でも書こうかなと思ったら、文庫本を営業バッグの中に入れたままだったということに気がついたので、とりあえず曖昧でも感じたことを。

引っ越しの朝、男に振られた。やってきた蒲田の街で名前を呼ばれた。EDの議員、鬱病のヤクザ、痴漢、いとこの居候―遠い点と点とが形づくる星座のような関係。ひと夏の出会いと別れを、キング・クリムゾンに乗せて「ムダ話さ」と歌いとばすデビュー作。

というのはおそらく文庫本に付けられたショートレビューというかあらすじです(おそらく、というのは今手元に本がなくて分からないため)。そして物語は、だいたいはあらすじに書かれているとおり、EDの議員、鬱病のヤクザ、痴漢、いとこの居候らとの関係を通して綴られていきます。そうして物語の中心となる「私」と彼ら(議員、ヤクザ、痴漢、いとこ)の触れあいや会話それ自体は、しかし別段印象的ではないのですね。というのはぼくの思いこみかもしれませんが、名場面や名台詞があるわけでもなく、彼らの関係はただ淡々と描かれています。しかしその淡々とした、切れのよい文体は魅力的で、気がつくとその文体を楽しんでいたりします。物語(詞・ことば)そのものよりもそれが読み上げられるときの抑揚が楽しく感じられることがあるというのは、どこか音楽に通ずるところがあるかもしれません。

ところで、「触れあいや会話それ自体は、しかし別段印象的ではない」とは書いたものの、それは個別的にみた場合のことで、全体としてはある一つの印象を残します。その印象というのは「孤独」とか「喪失」とかいうもので、さらにいえばその「孤独」は「都市の孤独」であるように思います。あえて都市に限定するのは、関係が簡単に生まれすぎることで関係の中にそっと、本人も気付かないうちに孤独が忍び込んでいくという孤独の形は、舞台が都市でないとなかなかリアリティを持ち得ないと感じるからです。この「孤独」は、すでに喪われた(唯一のと言ってもよいような)友人の思い出語りにも支えられ、強い印象を残していきます。

物語の終わりが綺麗でした。軽やかで、文学的で、音楽的で、爽やかさと哀しさのバランスが適当で、非の打ち所がない。ただ、あまりにも綺麗すぎて、それがかえって白々しさを感じさせたというのも事実です。これが一つ気になった点でしょうか。いずれにしても、読み応えのある作品であるということに変わりはないのですが。