阿部昭 『大いなる日・司令の休暇』

大いなる日・司令の休暇 (講談社文芸文庫)

大いなる日・司令の休暇 (講談社文芸文庫)

先月は、引越しや退職の準備をしながら、4年ぶりぐらいで阿部昭の文章を読んでいました。(4年前というのもこの日記をたどってようやく思い出しました。)ばたばたとしていた分、ゆっくりと落ち着いて読める作品を、という気分だったので。

阿部昭の作品のモチーフは、その多くが軍人であった父(と亡くなった兄)に関することです。そして作家の幼年・青年時代の同じような体験が繰り返し繰り返し、いくつもの作品で語られています。でも、それは阿部昭という作家がただ一つのモチーフの焼き直しや使い回しでしか小説を書くことができないということを意味しているのではないのだと思います。阿部昭にとって、父と兄の記憶は、繰り返し、一生を賭して取り組むだけの重みのあるテーマだったのでしょう。

父の姿を描くときの阿部昭の文章は、時に誇らしく、時に哀しく、また時に懐かしく、その他様々な感情が込められていて、同じような場面でも作品ごとに受ける印象は少しずつ異なります。派手さはないですが、父や兄の記憶を中心に自身の内面を丁寧に描いて、ひとつの家族のあり様(理想のあり方とかではなくて、ただそうあったということ)を浮かび上がらせることへの真摯さという点で、阿部昭は無二の作家だと思います。